【ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー(新潮社)】プレイディみかこ

本屋さんで気になっていた本。先日どこかで読んださとゆみさんの文章でこの本が言及されていました。接点が多いほど身近に感じるようで、ツタヤで何度もみているはずの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』をやっと購入させていただきました。

著者のプレイディみかこさんは、イギリス在住。アイルランド出身の旦那さんとその間に生まれた息子さんと暮らしている。息子さんは日本語を話さないと書いてあったことから、書籍自体は日本語で書かれているけど、実際は全て英語で行われている会話を切り取っていると分かる。

そんなことを考えながらなぜか思い出した母の話。

わたしの母はフラダンスを習っていました。かれこれ10年ほど続けていたフラもコロナをきっかけに辞めてしまったのだけど、その間に複数の先生のレッスンを受講していました。辞める直前は、滋賀から大阪まで通ってハワイの先生(男性)のレッスンを受けていました。先生は日本語を話さないので、通訳さんがいるときとないときがあったそうです。ある日、先生からとても面白い話を聞いたと母が言いました。母の話はこんな感じだったと思う。「病院に入院している間に、息子さんが誰かとお見舞いにきてくれたんだって。その二人がごはんを食べに病院を出たけど、先生は外出禁止で一緒に行けなかったみたい。一人で置いて行かれたのが悲しすぎて、先生黙って病院を抜け出しちゃって、夜にこっそり帰ってきたとき、めちゃめちゃ看護師さんに怒られたれたんだって」。わたしが「それって通訳さんが訳してくれたの?」と聞くと、「英語だったけど、多分そんな感じだと思う」と言う母はまだ爆笑していました。お母さんすごいな、英語分かるのか!(笑) その話を友達のコバさんにすると、「お母さんすごいね!」と普通にびっくりしていました。先生が母に話してくれた時の身振りやテンションをわたしは知らない。けど、母が笑う姿から想像するに言葉の壁を越えちゃうくらい熱が籠っていたのだろう。

ノンフィクション本大賞を受賞したこの本は、みかこさんの息子さんを中心に描かれています。イギリス南部ブライトンに住む家族の話で印象に残ったのは、外国人に対する差別だけではなく、イギリス人同士の差別。いいとこの坊ちゃんとそうじゃない坊ちゃん。住んでいる場所がそういう所とそうない場所。そうだよね、どこいったってそうなんだよね、と思った。イギリスの学校で繰り広げられる喧嘩やもめごとと一緒にしちゃいけないけど、わたしが独身時代の10年を過ごした京都市山科区のことを思い出す。ここに住んでいるというだけで、口には出さずとも「なんでそこなん?」という空気を醸し出す人たち。山科外の人は、山科のことをそういう目で見ているのはまぁ仕方がない。けど「人間は差別大好き!」「いじめは絶対になくならない」と心底感じたことがあります。それは、「山科の『あの地域』がヤバい。うちは大丈夫」とか言っちゃってる「山科」に住む人をみたとき。

あの地域がヤバいの感情はどこからくるのか考えてみた。
「いい噂を聞かない地域に住んでるけどその中でも『わたし(の地域)は違う』と言いたいのかな。そう、きっとそうだ。なんと言われようがわたしは大好き!です。

「ぼくはイエロー」には、懐かしのBrexitの話もでてきます。英字新聞で一生懸命勉強をしていたころ、毎週のようにメイ首相を可哀そうと思っていたアレだ。本を読むと色んなことを思い出す。

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この記事を書いた人

趣味は手紙。自営業しながら副業ライターをしています。2026年の抱負は「友達にもっと会う」。旦那ちゃんのお世話をしながら生きています。

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